元旦に届いたNからの年賀状には「元気ですか?今年も健康に気をつけて、元気に生きていきましょう」とコメントが書かれていた。
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お互いに励まし合って頑張ってきた

Nはバイタリティに溢れ、精力的にピアノ演奏に取り組み、レッスンに命を懸けているような人でした。
学生の頃は、よく空いている練習室を探して、一緒に練習した。彼女のピアノの腕前は素晴らしく、ショパンの「舟歌」や「プレリュード」を美しく弾いていた。
ヨーロッパ旅行も同じグループ

2週間に及ぶヨーロッパ研修。彼女からは、どんなに仲の良い人とでも半月も同じ部屋で一緒に暮らしたら、今迄見えなかったところが分かり仲が悪くなったりすると、先輩から聞いてたようだ。私は頼まれて声楽の門下生の子と一緒の部屋になった。確かに大変な思いをしたことを覚えている。
大胆なNと2人でレストランに入って、一番安いメニューを指さして頼んだことがあった。何がくるかワクワクしていると、ミニニンジンと別の野菜が山盛りテーブルに運ばれて目を丸くした。それは美味しくなかったが、可笑しかった。
2007年8月の岩内でのピアノリサイタル

毎年、ピアノの練習に出掛ける岩内の荒井記念館でピアニストを招いてリサイタルを行った。Nも札幌から駆けつけてきてくれた。高校生の生徒さんと一緒で、音大に進むかどうか迷っているようだったが、コンサートを聴いて決意をしたようだった。

音大の友人が数人来てくれて、リサイタルは盛況でした。CDサイン会も行いました。

余市はリサイタルを行える会場がなく、我が家でのホームコンサート、蘭越パームホール、そして、岩内荒井記念館と3回のリサイタルを行いました。主催者となると、けっこう大変でしたが、Nや音大時代の友人に励まされ、とても嬉しく思った。
レッスンを優先して病院へ行かなかった

今朝、音大時代の友人Yから電話があった。それでNの訃報を知った。何故、亡くなったのだろう….。電話してみると、すぐに旦那さんが出られた。余市の西川と伝えると、Nから余市に友達がいると聞いていたそう。2008年のコンサートのことも覚えていてくれました。
とても信じられないというと、旦那さんもだという。前日までレッスンしていて、亡くなる4時間前まで会話していたのだそう。翌日、目が覚めると反応がなく、午前3時頃に亡くなったときいた。死因は乳癌の手術による感染症。
彼女は、どんなに旦那さんにいわれても人間ドッグを一度も受けなかったようだ。2年前に痛くなり病院へ行くと、もう転移が広がりすぐには手術できず、昨年12月に手術をして片方の胸を切除したのだという。
年賀状のコメントから、死を覚悟しながら生活していたことが、今日分かった。それにしても、もっと早くに病院へ行っていたら、レッスンを続けられたのにと旦那さんは落胆していました。
本当に残念で仕方がないけれど、天国でも思う存分ピアノを弾いて欲しい。あなたのことは決して忘れません。どうか安らかにお眠りください。









